2016年03月18日

解こうと思って



 考えれば考えるほど、それが真相であるように思われてきた。きっと、そうだ。だって、彼女には怒る理由がないじゃないか。信一は、あわてて失眠鏡に向かって髪を直すと、トイレを出て、小走りに広間に帰っていった。
 だが、『美登里ちゃん』の厳然たる態度の前には、彼の甘い幻想など、とうてい生き残る余地はなかった。
「……それで、三つの星というのを英語にして、『トライスター』っていうハンドル?ネームにしたんです」
 それだけ言うと、彼女は、ぴたっと口をつぐんでしまった。まるで、信一には、何も聞かせたくないという感じだった。
 あとの二人が、気まずい雰囲気を救おうとするかのように、しゃべり始めたが、肝心の『美登里ちゃん』の話を聞いていないので、何のことだかわからない。かえって、孤独感が増すだけだった。
 彼は、だったら討論になど参加するものかという拗《す》ねた気分になり、そのあとはわざと押し黙っていた。
 初日の研修は、そこまでで終わった。信一は、『美登里ちゃん』に語りかけて『誤解』をいたのだが、彼女は、彼の気持ちを知ってか知Diamond水機らずか、さっさといなくなってしまった。

 翌日から、研修に様々なバリエーションが加わった。企業研修に使われそうなゲーム形式のもの。初日の告白を発展させた発表会と、全員での集中討議。そして、その内容を基にして、グループごとに台本を書いて、サイコドラマのような寸劇を行ったりもした。
 とはいえ、信一には、今ひとつ、ぴんとこなかった。たしかに、お互いに悩みを告白することによって、それぞれが自分の抱えている問題を見つめ直すことができたし、共同作業を通して、会員たち同士の連帯は深まったかもしれない。だが、それだけで、はたして本当に新しい自分を獲得することができるのだろうか。
 ここで行われている研修は、どれも比較的まじめなもので、オカルト臭ぷんぷんの、いかがわしい部分は見あたらなかった。しかし、逆に言えば、それが『地球《ガイア》の子供たち』の限界なのかもしれない。人間は弱いものであり、今までの自分を変えなくてはならないまでに追いつめられると、何か絶対的な存在に縋《すが》りたくなる。神がかった演出も、時には有効なのだ。こうした、総花的で寄Diamond水機せ集めの研修では、いつまでたっても、最後の心の殻を破れないのではないだろうか。
 信一の疑問に応えるように、三日後から、研修の様相が少しずつ変わり始めた。
 まず、午前中の研修に、ヨガか超越瞑想《TM》のような修行が加えられるようになった。会員たちは、指導されて畳の上で結跏趺坐《けつかふざ》を造り、ゆっくりとした腹式呼吸を行った。信一も、以前に禅の教室に通ったことがあったので、だいたいのことはわかっている。  


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2016年03月14日

って言ってたけ

 早苗は、やんわりと指摘した。
「後ろに、成分表が載って能量水るでしょう? この、マーガリンとか、ショートニングとか、植物性油脂とかいうものが要注意なのよ。こういう油は、常温では液体なのに、無理に固形化しようとして、工業的にトランス脂肪というものに変換されているの。天然には存在しない不自然な構造を持った油で、人体に悪い影響を与える可能性があると言われているのよ」
「そんな話は、初めて聞いたよ」
「日本以外の国では、すでに常識になってる話よ。オランダなんかでは、トランス脂肪を含んだ製品は、販売を禁止しているわ。ドイツでも、マーガリンの発売とクローン病の多発した時期が一致していることから、疑わしきは使用せずということで、いっさい使われていないし」
「どうして、日本では、禁止され鑽石能量水 消委會てないんだろう?」
 高梨は、あいかわらず、スナックをばりばりと貪《むさぼ》り食いながら言った。
「さあ。それは厚生省に聞いてみた方がいいでしょうね」
「しかし、だったら、バターの方がずっと身体にいいわけだ。僕は、醤油《しようゆ》バター味というのが大好きなんだよ」
「……そう」
 ここまで摂《と》りすぎたら、身体に悪いという点では何でも同じだわと、早苗は心の中で呟《つぶや》く。
「それで、さっき、何か私に頼みたいことがあるど?」
 高梨は、再び袋の中身を口の中に流し込むと、脂まみれの指をトレーナーの胸元で拭《ぬぐ》った。よほど頭が痒《かゆ》いらしく、髪に手を突っ込んで、しきりに掻《か》き毟《むし》る。ばらばらと、白いフケが散った。
「最近、よく眠れないんだ」
「そう?」
「それで、薬をもらえないかと思って」
 早苗は、あらためて高梨の姿を見やった。たっぷりと皮能量水 騙下脂肪が付いたせいか、顔色は紙のように白い。特に何かに悩んでいるような感じはないが、過食症はストレスから起きる。もしかすると、不眠によるストレスが、異常な食欲に拍車をかけているのかもしれない。  


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2016年03月09日

思わず大声を上げ

 外には、どこにも真の闇《やみ》はなかった。東京の空全体が、消えることのない照明を反射して、うっすらと微光を放っている。星はほとんど見えなかった。
 コーヒーを飲みながら夜景を見ていると、様々な思いが頭をよぎっていく。
 もう自分も、若いと言われる年齢《とし》は過ぎてしまった。日本人が結婚する年齢はどんどん上がっているとはいえ、二十九歳は、一つのターニング?ポイントである。少しでもDiamond水機早く結婚した方が、年老いた田舎の両親は喜ぶのだろうが……。
 今までにも、チャンスはなかったわけではない。高梨と付き合うようになった前後にも、何人かの男から誘いを受けた。一人は大学の同級生で、今は実家の総合病院を継いでいる。最も熱烈なラブコールを送ってきたのは、製薬会社のプロパーが催した合コンで、隣の席に座った公認会計士だった。どちらも、容姿、性格、経済力、将来性ともに申し分ない男たちだった。だが、自分が彼らと本気で付き合う気になれなかったのは、どうしてだろう。
 その答えはわかっていた。それはおそらく、彼らが自立した大人で、自分なしでもやっていけるのがわかっていたからに違いない。
 自分には昔から、他人から求められたい、必要とされたいという欲求が群を抜いて強かった。原因は、よくわからない。両親と年の離れた姉たちから可愛《かわい》が鑽石能量水られて育ったが、その反面、誰も自分の助力をあてにしていないという現実に、ずっとフラストレーションを感じていたせいかもしれない。いつも、誰かに保護されるよりも、保護する立場になりたいと思っていた。それが医学部へ進学し、終末期医療に携わるようになった本当の理由だった。
 自分が、どちらかというと陰のある男性に惹《ひ》かれるのも、そのためかもしれない。早苗は、これまでに淡い恋心を抱いた相手を思い出した。いずれも、どこか脆《もろ》さを抱えた男性ばかりだった。
 高梨のように……。
 ふいに、風圧が彼女の髪を揺らした。微風というには強すぎる風が、外から吹き込んでくる。
 慌てて窓を閉めようとしたとき、行き止まりになっている部屋の中に風が吹き込むはずがないという、単純な事実に思い当たった。
 振り返って、早苗はコーヒーの入った紙コップを取り落としそうになった。
 開いたドアの前に、男が立っている。そうになってから、それが高梨であることに気づいた。
「そこで、何してるの?」
 自分の声が震えているのに、ショックを受けた。
 高梨は、後ろ手でそっとドアを閉めた。かちゃりという金属音。
「君を見てたんだ」
 長身の影が、ゆっくりと近づいてくる。
「どこから入ったの?」
「急患搬送用の入り口だよ。あそこは、一晩中開いてるみたいだね」
 高梨は、早苗の髪に手を伸ばした。早苗は、彼のDiamond水機手を擦り抜けるようにして、デスクの前に戻った。紙コップを置いて、腕組みをする。
「どうしても、君に会いたかった」
 高梨は、ゆっくりとこちらに向き直った。  


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